ゲスト講師&ゲームCM

お声がかりがあって、

昨日、某大学のゲスト講師に行ってきました。

いつも八潮市で行っている、アニメ・アテレコ体験会と違い、

アテレコ授業をするわけでもないし、

子供たちにキャラクターを書いてもらって、生アテするわけでもない。

かといって声優志望なわけでもないし・・・。

前情報が全くなく、5分前打ち合わせだったので

どんな方向性でどうしたものか、分からずに行ってみると・・・

…本格的・プロデューサー養成コースでした(**)!

いや~、すごいですね。今の授業の精密さ&レベルは・・・

現場で即、実践力で行けそう。

質問もかなり現実的な・・・そして必要なものが飛び出しました。

さすが大学生☆

きちんと講師っぽく説明…というより、感覚優勢な私は、

質問に対してほぼノープランでしゃべってましたが、

感覚の鋭い彼らには、きっとテレパシーで伝わっているはず(笑)

最後に「ぼくの旅」を朗読&プレゼントすると、とても喜んでくれました。

※あ、じゃんけんで負けた方、直接申し込んで頂ければ割引致します☆

ちょうどコロコロ作品が多かった頃、アニメを見ていた世代みたいで、

皆さん私のデビュー初期の作品も、よくご存知でした。

レッツ&ゴーMAXのネロを知っている人も、8割以上いてびっくり。

「フィーネ世代です」とか「ユイ見てました」等々

キャラクターの名前が飛び出しました。

終わった後も色んなお話ができて楽しかった。

皆様、ありがとうございました♪

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ネットでも情報が出ているみたいなので、

ここでもお仕事CM☆

■『いつかこの手が穢れる時に -SPECTRAL FORCE LEGACY- 』■

http://www.ideaf.co.jp/sfl/

対応機種:プレイステーションポータブル [PSP] 

ジャンル:SLG 発売日:2009年11月 発売予定 
価格:通常版 6,090円(税込) スペシャルパック 7,140円(税込)
(C)2009 IDEA FACTORY

アイディアファクトリーさんから、スペクトラルフォース2のリメイク。

私は前にやらせて頂いた、リトル・スノーという役です。

・・・思えば、まだフィーネもやる前・・・

初めての物静かな女の子役だった気がする。

前作を知っている方は違いも楽しんでみてね♪

■『旋光の輪舞DUO』■ http://www.grev.co.jp/ronde2/

こちらはアーケードゲームですね。

三条櫻子役http://www.grev.co.jp/ronde360/character.html

をやらせていただいてます。

後の2つはまだ秘密・・・☆

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宇宙の子供

世の中に「本当に悪い人」っていうのは、いない。

本当は誰も、悪くない。

こんなことを書くと、

「泥棒や詐欺師は悪人ではないのか?

裏切りや傲慢、不義理を働くことは悪ではないのか?」

普通なら、そんな意見が嵐のように返ってきそうだ。

たしかに薄情な人や、心ない人はいる。

エゴが肥大して、人を悲しませても気付かない人もいる。

なんでも自分の支配下におきたがる人もいる。

ひどい、信じられない…

そんな風に見はじめたら、もうキリがない。

表面に表れている悪や、悪い所に集中すればするほど、

どんどん腹は立ち、やり切れなくなるだろう。

でも…

忘れがちなのは、

そんな人達に「恐怖」がある、という事だ。

怖いから、守る。

行き過ぎた「防御本能」は、

「攻撃性」や「支配欲」に変わる。

「ありのまま、そのままでいても安全なのだ」

ということを、信じられない。

意味があって、忘れている。

それぞれが、それぞれの場所で一生懸命考え、

精一杯自分の役割を演じるために。

そうすることで世界に、

色んな刺激や、新しい気付きを、無意識に提供しているのだろう。

生まれたままの、純粋・無垢な、柔らかい部分は、

すべての人が持っている。

今でも、ずっと。

だってみんな元々は、

大きな一つの、

無垢で純粋な、

美しく、暖かいものから生じ、

細かく分かれ、

永遠に循環しているのだから。

…そうは言っても、

身近な人や友達、日常の中に、腹が立つことや、

許せないことはあるかもしれない。

ただ、少し違った見方で人を見ることはできる。

…自分の中にも恐怖があるかもしれない。

傷つけられるのを恐れて周りを見たとき…

自分の内側の声を信じず、

「常識」や「言葉の意味」

「感情」だけで受けとったとき…

もう自分は、「恐怖」という色メガネをかけて、世界を見ている。

自分を信じて自分の道を前へ進むのは大切だけど、

自分の「常識」で人を見た瞬間、

それは「偏見」になってしまう。

「自分の中の大切な部分」と、

「人の大切な部分」は違う。

常識も、価値観も、恐怖を感じる部分も違う。

それこそ、宇宙人を相手にするくらいの気持ちでいるのが

ちょうどいいかもしれない。

行為そのものや、言葉だけで受けとめたり、

「防御本能」で周りを見ると

真実をそのまま見ることはできない。

その人にとっての試練

その人にとっての使命

みんなちがう。

誰もが精一杯、生きている。

私たちにできることは

なるべく自分の恐怖をはずして、

ありのままの状況と現実の中で

その人の「柔らかい部分の心」は、何を思ってそうしたのか?

感情は何を求めたのか?

実際には何が起きていたのか?

「真実」を感じ取ること。

「自分の恐怖の目隠し」を外し、

「相手の恐怖の目隠し」を認識して、

「理解の目」で見ることができれば、一番良い。

いずれにせよ「試練」は

必要な時に、その人に一番、響く形でやってくる。

それを裁くのは別に私たちの役目じゃない。

みんなそれぞれ自分の道を1人で進んでいる。

自分の未熟さも、他人の未熟さも、一番いい形で役割となり、

誰かの試練になり、引いては自分の学びになるのだろう。

ベストなタイミングで出会い、必要なエネルギーの交流をする。

富や権力、お金や名声…そんなオモチャを使ってゲームをしながら、

発見したり、体験していく。。。

きっと、すべての行為は、何かの癒しになり、進化に向かっている。

良いか悪いか。

正しいか間違っているか。

善と悪。

陰と陽。

…きっと「魂」を磨く為に、そんな「概念」がある。

お互い、進化に向かってそれぞれの道を歩む「同志」なのだ。

人を応援の目で見ることができれば、お互いもっと「加速」していく…と思う。

一人だけど、一人じゃない。

見えないところで応援しあい、助け合い、大きなものからも見守られている。

みんな宇宙の子供。

「親しみの目で人を見て、

喜びの目で世界を見て、

楽しみのままに未来を見る。」

私が去年、富士山で受け取った言葉です。

皆さんにもシェア☆

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息抜き&CM

息抜き&CM
息抜き&CM


久しぶりにシーに行ってきました(^^)

ディズニーって、みんな、楽しむっていう魔法(笑)にかかってるから過ごしやすい。
そしてやはりミッキーはカッコいい…☆

お仕事関係は…
ドラえもん(177話)に英子ちゃん役で出演します。のび太のお父さん、のび助はオンエア終わったかな?

それと、『バトルスピリッツ少年突破バシン』(47話)に、またバイトさん出ます。

その日は主役のバシンくんの誕生日で、アニメ絵そのままの、ものすごいクオリティのケーキで盛り上がってました。

どうやって作るんだろう…(・・?)

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魂のナビ

みんな、本当にやりたいことや、自分の幸せを、

心の奥では知っている。

とりあえず現実は、決めないと進まないから、

今の時点で一番近いものを選んで進む。

就職や仕事選びも、そうかもしれない。

でも、そうして決めたものが

もしくはずっと目指していたものが、

いつまでも絶対に正しいとは限らない。

その時、その時点では、きっと一番正しいのだ。

それは結果云々ではなく、その方向に進むことで、

その時自分が学ぶべき、最高の経験を得る。

『あれ?ちょっと違うかな?』

『今度はもっと近いかも・・・』

そんなことを繰り返して、

本当にやるべきことや、求めているものに、

自分の居場所や、与えられたセクションに、

近付いて行くんだと思う。

答えは外ではなく、内側にある。

直感が、衝動が、楽しさが、

導いてくれる。

だから、自分の「考え」にさえ、縛られたくはない。

その時々で、成長し、進化し、変化していく自分を

「魂」は、本来の使命に導いてくれる。

挑戦していく先を、試みていく経験を、

どんどん濃い方向へ、行くべき方向へと、

近付けていく。

とりあえず、「決めて」進む。

でも、「執着」はしない。

止まっているようでも、分からなくて悩んでも、

毎日生きてる限り、必ず新しい何かを試している。

毎日誰かと、何かと、交流し、少しでも違うことを考えたり、違う行動をするだけで、実験をし、進んでいる。

そもそも、止まっているか進んでいるか、

失敗か成功か、

そんなのは「頭」が「考える」ことだ。

どうでもいい。


目の前の壁や、開かない扉…。そこには間違いなく、今の自分が拾いあげるべきヒントがある。

そんな悩みの中で何に気付くか?まで含め、計画に入っているのだろう。



みんな最高のナビを、持っている。

魂の奥の「何でも知っている自分」に心を開いて、

内側から響いてくる本当の声を、

いつも「最大音量」で、聞いていたい。

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ぼくの旅

Photo

企画第1弾・ 絵本「ぼくの旅」 6月1日発行しました。

一緒に発表しようと思ってた企画が一つ、

ペンディングになってしまったので、

こちらだけ先にお知らせします☆

メールで申し込んでくださった方にはこれから随時、

お送りしていきますね。

なんだか手作り感満載ですが、まあ、味ってことで(^^;)

アマゾンでも購入できます。

「ぼくの旅・大本眞基子」で検索してもOK。

→http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E6%97%85-%E5%A4%A7%E6%9C%AC-%E7%9C%9E%E5%9F%BA%E5%AD%90/dp/4904001184/ref=sr_1_3?ie=UTF8&s=books&qid=1244752227&sr=8-3

電子出版もあります。

→http://www.pocket.jp/store/product.jsp?id=2003950&category=2,4

こちらはお値段がリーズナブル♪

パソコンで見ると、青の発色も綺麗☆

もちろん、メールで申し込んでくださっても結構です。

メール返信、できなくてごめんなさい。

深い内容に驚いたり、愛を感じたり、

皆さんからもいっぱい、元気を頂いてます。

本当の源からのメッセージは、誰が聞いても、

どんな人でも、エネルギーを感じるもの。

思いも、生き方も、表現も、

一度共鳴すれば、みんなもう仲間だよね☆

最近お仕事の方は、なんだかゲーム付いてます。

守秘義務があるのでまだお伝えはできませんが、

続けて4本ほど・・・

なんだろう。

・・・ありがたやm(_ _)mありがたや・・・

少年役もそろそろやりたい今日この頃(‘-‘)。。。☆

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間にあわず・・・★

今日6月1日に、モロモロ詳細お伝えしようと思ってたんですが

間にあわず・・・(++) ゴメンナサイ★

しかも、その中の一つは直前で発表してはいけないことになり・・・

ううう。とても、残念。。。

でも!他にも進行中のものはまだまだあるので、

おいおいお伝えできれば・・・と思ってます。

なんかものすごい曖昧だなあ(^^;)

すこし余裕できたので、もう少し頻繁に更新しよう。

Nec_0701

写真は修験者体験の後、

長野の戸隠神社に行ったときの鏡池です。

後ろの山々は戸隠山脈。

なんでも、高千穂で天照大神が天岩戸に隠れた時、

岩戸を開けた手力男の命が戸をブン投げたら、

それが長野にまで飛んできた、というのが

この戸隠の由来だとか。…どんだけ飛んだんだっていう。

日本神話ってぶっとんでて好きです。

でもこの鏡池、少し波立ってるけど、

風がない時は本当に鏡のように山脈が映るそうです。

鏡池の水面をじ~っと見ているうちに、

「なんだか潜在意識みたい・・・」と思いました。

少しでも水面が波立っていたら、景色は映らない。

少しでも感情が波立っていたら、真実は映らない。

すべての風が静かに止まり、水面が凪いだ時、初めて、

全体がハッキリと映る。

ぼ~っとして湖を見ていると、急に魚がポチャン!と跳ねたりする。

私たちも日常、予期せぬタイミングで、

思ってもみない考えや衝動が閃いたりする。

魚は潜在意識の中に隠れて動いている感情や、意識。

普段は見えないけど、それが突然上ってきて表に現われる。

足でパチャパチャ水際に波を立て続けると、

それが波紋になって、湖の全体に広がっていく。

このパチャパチャは、「思い」や「信念」と同じ。

強い想いや信念という「波」を送り続けると、

いつかその波紋は湖の端まで届く。

自分の思い次第で、

静かに真実を映すことも、

想いや決意の波動で、世界を塗り替えることもできる。

ホント、世の中は

見えないものの鋳型で出来ているなあ、と思う。

自然界は答えに満ちている。

いつも私たちを助けたくて、見えないところから、

シャワーみたいにメッセージが降りそそぐ。

気付かないともったいないから、

毎日、なるべくたくさん、拾い上げていきたいと思う。

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山と自然と修験道☆

毎日起こることが多すぎると、逆に日記って書かなくなるもので・・・。

その間、御心配のメールや生存確認(笑)メールを頂き、

おっといかん!と更新復帰☆心配掛けてごめんね。

・・・さて、
みなさんはゴールデンウィークはどんな風に過ごしていましたか?

私は・・・ゴールデンウィークは・・・

修験者やってました。

これが本当なので、びっくり。

Nec_0543

もともと、前に行った旅行中、バスの中で知り合った方に

「5月にまたお祭りがあるよ」と教えてもらったんですが、

その人の連絡先を無くしてしまい、それっきり忘れてました。

それが直前になって、

妹が急に「行きたい!!」と言い出したのです。

私は2月に行ったばかりだし、連絡先無いし、

ネットにも一切情報出てない、って言ってたし、

ちょうどそのあたりで、ある資格検定もあり、

どうしよう・・・と思っていたんですが、

・・・ま、いっか。

急に行きたい!!って妹が私に言うってことは
『来い!!』と何かが言っているのかもしれない。

どうせ私のスケジュール帳は上↑だし、

細かいことは調整してくれるだろ。

じゃ、行くか!!・・・と、行動開始。

とりあえず、うろ覚えで聞いた、漢字も分からないお山の名前と、

そこは宿坊があって泊まれるようになっている、

というその人からの情報だけを頼りに、

観光案内に電話をかけると・・・

「いや~、そこに泊まれるかどうかは分かりませんねぇ。

お山の電話番号なら分かりますが・・・」

・・・山に電話番号なんてあったのか!?(@@;)

と驚きつつ、ネットで調べてみると。。。

とある掲示板にたどり着きました。

すると、その山と関係の深い「○○先生」という人が

「私の名前を出すと分かります」

と初めて参拝者にアドバイスしているよう・・・。。

その人は、2~3日前にたまたま体験で行った、

ヨガの先生と同じ名前だったので、

あの人だ~♪と思って、そのお山に電話をかけました。

「あの~山開きの神事に参加したいので、

宿坊に宿泊したいのですが・・・そちらは泊まれるんですよね?」

「・・・はい・・・泊まれますが・・・。あの、・・・どちらの方ですか?」

「あ、私ですか?え~と、東京の○○です。」

「いえ・・・、そうじゃなくて、・・・どちらの先生の方ですか?」

・・・・え? どちらの先生のかた・・・???

そこで初めて、いぶかしむような、

いちげんさんお断り的な空気を感じ。

・・・あれれ?誰でも泊まれる所じゃないんだ?とぐるぐる考えつつ、

「あ?え、え~と、○○先生・・・です!」

と、とりあえず例の先生の名前を言うと、

「ああ!!○○先生!?

そうですか~○○先生の・・・

○○先生なら3日に納経にいらっしゃいますよ~。

でもね~、2日はもういっぱいなんですよ~。

3日なら大丈夫なんですが・・・」

と、急に柔らかい雰囲気に・・・。

後で分かったんですが、

○○先生は私の大勘違いで、全然別の人でした(^^;)

そんなわけで、2日目は、

おそらく一般人は泊まれないであろう宿坊に、

泊まることになったのでした。

とりあえず分からないことだらけの一日目。

その「お山」の麓の寺社に向かい、

本堂へ続く階段をテクテク登っていくと…

「あらっ!?来たんやね~~!♪」

「ああ~~~っ!?」

なんとバッタリ☆階段のてっぺんで、前回バスの人と遭遇!!

・・・きたきたきた・・・のっけから・・・!

面白いなあ、もう。

前回、偶然バスの中で気が合って友達になって少し会話し、

住所も電話番号も分からなくなって、

また会えるかどうかも微妙だった人でした。

・・・着いたとたんに無事再会。

「すごくいい時に来たね~。これは一回しかないお祭りだから。」

と、とても親切に手取り足取り、お祭りの流れやスケジュールなど、

ちんぷんかんぷんで誰かに聞こうと思っていたことを、

すべて教えて頂きました。

しかもその方は、

「恵方巻なんかを作りに時々来る」と言っていたので、

お祭りのときだけ手伝いに来る、

近くに住んでる一般の方かと思っていたんですが・・・

社務所の方曰く

「◇◇先生はここの主(ヌシ)ですから!(笑)」

どうやらその方は◇◇“先生”とも呼ばれている、

神様から名前も頂いてるという、

15~6年以上もそこの道場で修行をした『修験者』の女性でした。

修験者・・・って意外と知らない人がいるみたいですが、

山の中で厳しい修行をする修験道の行者で、山伏、とも言います。

ゴールデンウィークはどこかで、自然のパワーの強い場所にいって

自分の中でのつながりを深めたいなと思ってたんですが、

こういう方向になるとは思いもよりませんでした。

白衣を支給してもらい、夕方の納経に参加しました。

すると前回、キーワードのように何度も何度も名前を聞いていた、

作家の○○さんが私の隣に座りました。

会う気はしてたけど、ここで会うとは…!

般若心経や真言は子供のころから暗唱しているので

なんとかついていきましたが、みんなで大合唱しているうち、

一人で瞑想しているときに近いような、不思議な感覚になりました。

終わった後、カバンに入れていたほうじ茶を飲んだら・・・

えっ・・・!?あ、甘い・・・。

あのほうじ茶独特の渋味が消え、

甘い砂糖水みたいになっててびっくり。

短時間で腐ったのか?と一瞬思ったほど(^^;)

まあ、水って音のエネルギーで味変わるからね。

メインだったのは3日の戸開けの儀式。

いったん宿に戻って休み。

次の日は明け方4時から儀式と聞いていたので、

少なくとも3時には起きてないと間に合わない。

なのでその日は妹と

「今日は寝ずにそのまま行こうね」ということに。

どんなことをするのか、何をするのかよく分からないまま、

白衣を着て、体に塩をまぶし、いざ、山へ。

「この山には1度もテレビカメラが入ったことないんよ。

このお山を開いた人が『そんなことしたら神様がいなくなる』って

絶対許可しないの。」とのこと。

まさか登山することになるとは思わなかったけど、

まだ暗い山道を登っているうち、

あれ?なんかこの感覚、身覚えが・・・

なんだか登り方を、疲れない身の運び方、呼吸を知っているような

何度も繰り返したことを、思いだしているような

奇妙な感じになりました。

なんか妙にうれしくて、楽しくて、

わ~い!わ~い!懐かし~!

こんなことしていた事あるのかも・・・

と、飛ぶように登っているうち、

いつの間にか妹と距離が開いてはるか上の方に。

登山って人生にも似てるな、と思いました。

楽な時もあり、苦しい時もある。

一緒にスタートしても、人それぞれ全然ペースが違う。

無理して人のペースに追いつこうと頑張ったり、

逆に自分は行きたいのに人にペースをそろえていると、

自分のバランスが崩れて、すぐに息が上がってしまう。

自分には自分のエネルギーの配分があり、

楽に進んでいける呼吸がある。

人と全く同じな訳がない。

そして一足一足、運ぶごとに、

山と、自然と、大地と、会話している感覚が。

一歩ごとに踏みしめて、

体全体で大気とコミュニケーションしているような、

まるで、意志をもつ、大きな生命体の中に

お邪魔させてもらってるような

・・・不思議な交流。

何かに慈しまれ、見守られているような、感覚。

とにかくゼェゼェハァハァ言いつつも体が止まらず、

ただただ、足を運び、

つぎつぎ先達たちを追い抜いて登って行くうち、

呼吸とは反対に、心の中がどんどん静かになって、

頭の中に何もなくなって、真っ白に。。。

これか。

だから、人は山に登るのか、と思いました。

雑念が沸いてきて集中できない人も、

登ってるうち、体が疲れ、

呼吸のみを繰り返すうちに

考えすら浮かばなくなる。

そうすると、エネルギーを、そのまんま、

いっぱいに受け取るしかなくなる。

もうブロックするものはない。

苦行の意味って、そういうことなのか・・・。

一歩一歩の苦しさが、逆に頭の中を浄化していく。

想いだけでそこに行くことが難しいなら、

体ごと、体験させる。

あらためて、

色んな方法がそれぞれの世界に用意されているのを感じました。

結局、どこから入っても、正反対に見えても、

極めれば・・・同じものに繋がっていくんだよね。

最終的に頂上の竪穴洞窟・・・天然でできた鍾乳洞の、

数十メートルの暗い縦穴の中を、金属の梯子を登って上に上がり、

これも天然で出来た仏像のある上の洞窟に、

手と足の力で登っていきました。

蝋燭の光だけで、外気より5度くらい低い縦穴を白い息を吐きながら

冷たく湿るハシゴを掴んで上がっていくので

はじめは少し怖かった・・・。

上も下も真っ暗で手を離したら真っ逆さま。でも、

「六根清浄~、六根清浄~」

と上下で歌っているのを聞いているうちに、

見えなくて高くて怖いけど、上に先に登って行ってる人がいる…

下からも、みんな、続いて来てるんだよね。

声はずっと続いてる・・・

いうことは、自分も普通に登れるということだ。大丈夫・・・!

という気持ちになり、

「ろ~っこ~んしょ~うじょう♪」

と歌って、最後まで登り切ることが出来ました。

上で修験者の男の方がぐいっと引き上げてくれて

見上げると、本当に自然の大洞窟・・・。

まさに仏像の形に現れていて怖いくらいでした。

ぽちゃぽちゃ上から落ちてくるお水は神様のお水、と言っていて

ペットボトルに溜めている人もいました。

仏像は丸い地球を手に持っているようでした。

上の方には全国の神様が集まって会議をする空間があるとか。

そこでまた祝詞をあげ、納経を終え、儀式は終了。

縦穴を降り、妹と山々が見渡せるところに降りたとき、

ちょうど朝日が山の間からのぼっているところでした。 

Nec_0562_7その景色を見たとき・・・・

あまりにも美しくて、そのまま見入ってしまいました。

なんて・・・どっしりとして、大きいんだろう

なんて静かで、偉大なんだろう・・・

こんなに神秘的なものが、

当たり前に近くにあるのが不思議で・・・

山って、神様なんだ・・・と思いました。

こんなにも私たちと周波数が違うものが、

普通に私たちの生活に寄り添ってくれている・・・

山が、優しい・・・!!

この景色は、昔のまま、何一つ変わってない。

山にとっては、人間たちが自分の体を、蟻みたいに
上がったり降りたりしているようなもの。

そんな私たちをまるごと受け入れて、

昔からず~っと見守り、包み込んでいるような、

何かとてつもない慈愛を感じて、

自然に涙が流れてきました。

山岳宗教っていうけど・・・

山に登る、ということは、

「神様の体の中に入る」、ということなんだ。

山に入ることで、神と一体化するという意味なんだ。。。

降りていくおばさんたちの雑談が聞こえる中、

その全く違うものが、同じ次元にあることが

本当に不思議だった。

Nec_0561

きっと、人間の方も昔から山を、自然を、敬ってきた。

これが本来の、昔からの、人と自然の関係なのだろう。

お互い尊重しあい、慈しみ合う。

1度もTVカメラが入ったことのないこの景色は
ここに来ないと見られない、感じられない力がある。

TVはとても便利だけど、映し出すものは表面でしかない。

切り取られた画面を見て分かった気持になっても

 それは本質ではない。

人間関係同士のつながりも、そうだと思う。

すべてを情報や映像で判断することはできない。

昔の方が良かったというつもりはないけど、

昔は情報がない分、

感じる、という力を使っていたんじゃないかと思う。

例えば、今、この場所に立ってたら、山の向こう側は見えない。

歩いて行くまで向こうに何があるのか、

何が待ち受けているのか分からない。

どんな景色があるのか、

どんな動物と会うのか、

どんな人間と会うのか分からないから、

研ぎ澄まし、感じながら進んでいく。

だから出会った時に、感動がある。

ここにカメラを入れない、というのも

『映せるものではない』というか、

そのものの価値・・・というかエネルギーを、

小さな画面に矮小化して伝えてほしくない、ということなのだろう。

自然や偉大なものへの敬意だと思う。

分からないものに対して人間は、判断ではなく、感じようとする。

・・・だから、自然に謙虚になる。

自分で感じながら、踏みしめて歩いて行くから、

すべてが新鮮になるのだ。

あ、この人はこういうタイプね、

カテゴリで言うとこういう系ね、っていうんじゃなくて、

(この人からは一体どんなものが出てくるんだろう?

・・・分からない・・・でも、「楽しみ」・・・)

(この人の窓からは一体どんな景色が、
どんな真実が見えるんだろう?「楽しみ」・・・)

そんな風に、「尊重」する気持ち。

自然と同じように、感じながら、

知らない部分を知りたいと思いながら接する喜び。

その方が結局、楽しいよね。

上から見たり、表面だけ見て、全部分かっているつもりになると、

「直感」は働かなくなる。

必要ないから。

・・・分からない部分に直感が働く。

全部分かってる!と思うと、直感は働かない。

そして、「頭で理解した事」より、

「感じた事」が一番正しい。

その人にしかできない経験がある。

実地で確かめて体験するために生まれてきているのであって、

知識やデータで処理できてしまうなら、

人間の尊厳も、何もない。

この、昔から続いている、人間と自然の繋がりを思い出したら、

誰も、不安になったり、バランスを崩したりしないのに・・・

と、思いました。

こんなにも大きな世界に見守られて、私たちは生きている。

山を降り、その日は例の『宿坊』に泊まりました。

すると、なんと、そこに泊まっているのは全員修験者。

・・・これは普通は泊まれないわ(^^;)

そしてその方々と同室の6人部屋で、次の日も朝4時頃から起床。

周りの気配に目が覚めたら、ほとんどみんないなくなってて

「他の方々はもうとっくに行かれましたよ」と、ご年配の方。

ひええ~っ!とばたばた着替える私たち・・・☆

5時前からそれぞれ本堂や地蔵祠をお掃除して、やりたい人は水行をして、
朝6時の朝の納経に集まり、そのあと朝食なのだとか。

修験道ってすごい・・・(**)

誰も知らないところで、色んな人が、それぞれの道に励んでいる。

ストイックに、自分の中の真実を見つめて生きている。

厳しいけど、だからこそ、とても優しい。

自分の中の楽しみだけを求める、無責任な明るさではなく、

すべてを見つめて、引き受けて、自分の意志で、

明るさを「選択」する。

筋金入りの、絶対に揺らがない明るさ。信頼できる強さ。安定感。

陰陽は表裏一体。

陽を知るために陰がある。

どちらも必要。

ひとたび分かったら、苦しみ続ける必要もない。

何かがわかる、その一瞬のために、

私たちは色んな体験をしていくのだろう。

陰でも陽でも、どっちみち進化する。

だから、意地でも能天気。

なんだか修験道に共通するものを感じて、

嬉しくなったゴールデンウィークでした。

Nec_0571

☆おまけ☆ 

修験者姿の私(笑)

ちなみに上の写真はすべて撮っても良い場所のものです。

6月1日に色々お知らせがあります!!

まずは、「絵本発行のお知らせ」詳細と、

間に合えばもう一つ・・・???

お楽しみに♪

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真実について

「真実」が分かるときっていうのは一瞬で分かる。
一瞬で伝わる。

何もわざわざ自分から苦しむ必要も、長い間苦労する必要もない。

積み重ねた「時間」ではなく、「濃さ」。
そして「直観」だと思う。

一足飛びの直観…

ああ、そうだ…
そうなのか…
そうだったんだ…

「悟る」…って、「思い出す」感覚に似てる。

あまりにもその真実に納得しすぎて、どこかで知っていたような感覚…。

それは年令の上下や、どれだけ苦しんだかとは、あまり関係ない。気付くためのシユチュエーションがそれぞれ違うだけ。

誰に証明する必要もない。それが真実かどうかは直接体感していくし、外側に自然に現われる。

口ではどうとでも言えるし、いくらでも演出できる。

分かってないのに分かっているフリもできるし、謙虚に振る舞いながら人を見下すことも出来る。

本音と建前が違うのは当たりまえ、と教わった人もいるかもしれない。


でも、その考え方は、これから古くなっていく。

もうみんな気付きはじめた。私たちはもう、目の前の人が本当に感じながら話しているか、内側から湧き出る真実に従っているかどうかは、わかるはず。

真実でなければ、意味はない。

レベルの高さを演出したり、本当の自分ではない自分をアピールして、何が残るだろう。

自分だけはだませない。最終的にはすべて、自分に戻ってくる。

だから、手っ取り早く、「本物」になってしまえばいいのだ。


もともと、自分の中には「真実」がある。

自分の中にある真実にしたがえば、世界で一つだけの、「自分」という形になっていく。。。


個性とか、力とか、自由とかいうものは、もともと全部、自分の中にある。

みんなが(自分が)、それぞれ宇宙の中心。

エネルギーとパワーの中心だ。

みんな、自分の全能力、全存在を役に立て、この世界を変えるため、割り当てられたセクションに立っている。

私は私の目で見たものしか伝えられないけど、私の窓からみえる真実なら、すべて自分の言葉で説明できる。

みんなもそうだと思う。


自分の愛しているもの、美しいと思っているもの、心地よいと思うものに意識を合わせるだけでいい。

自分が見ている景色がそのまま伝わる。すべてはテレパシック。真実が伝わる。

だからいつもクリアで、真実の状態でいたい。

本物の「自分」という生きもの。

誰が見てなくても、
その存在は、
宇宙に一つしか、ない。


長くなったので続きは後日♪メール、続々ありがとうございます☆作業、ちょい遅れてます。のんびり気長に待っててね〜(^o^;

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人生博物館

人生博物館

本屋さんって「生き方サンプル」会場だな…。書店をぶらぶらしていると思う。

美容士さん、警察官、パイロット、お医者さん、消防士さん、学校の先生、サラリーマン…いっぱいあるけど、言葉として「認識」されている職業以外にも、世の中には色んな仕事がある。

そういう意味で、色んな考え方、興味、生き方がひしめきあって並んでいる書店という空間は、社会をぎゅっと縮めた、生き方サンプル、人生博物館だ。

「ジャンル」で区分けできない仕事、めずらしい仕事も無数にある。

それこそ、
自然界に無数に色があって、色んな生物がいるように、
色んな質の、色んな分担があって、世の中は構成されている。


職業、なんて言葉はもともとはなかった。

遥か昔、それぞれが必要な事、好きなこと、得意な事をやっているうち、それが仕事として名前をもった。

いつのまにか、それで食べていた、生き方が仕事になった。最初はそんな風に曖昧で、シンプルで自然な事だったんだと思う。

「職業」という「名前」だけを追い掛けることは、幻影を追い掛けることと同じかもしれない。

仕事を選ぶときの本当にシンプルな真実は、どう生きたいか、自分は本当は何をしたいのか、なのだ。


一人で月を眺めていると、時間がトリップする。
何万年前の昔も、こうやって星空を眺めていた人や存在たちがいたんだろう。

そして、今、見上げている瞬間にも、こちらに気付いている存在がいるかもしれない。

もしくは別の次元から、こちらを見守り、エネルギーやメッセージを送ってきて、
「頑張れよ〜」と見つめ返しているかもしれない。

生まれる前に、自分が決めた計画は、魂のタイマーが発動した時に分かる。

受け取ることや直感を信じて、みんなが最終的に自分の使命に辿り着けるように、

いつも何かが、私たちを見守り、導いてくれている。

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♪絵本希望の方♪

どういう形態で販売するか全く決めてないのですが、とりあえず人数が知りたいので、

voice1-f@nifmail.jp

まで「絵本希望!」とメールください☆面倒でなければ住所、お名前orペンネーム等、お願いします(^-^)この記事にコメントでもOKです。別に締切はありません。すでにコメント、メールで頂いた方は大丈夫です。

あ、「元気の導線」以下、コメント付けました♪

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