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2008年11月11日 (火)

祈り

祈り

急に予定が空いたので、
途中、自由が丘で降りてぷらぷらしてると、熊野神社があった。

何か呼ばれた気がして中に入ると、昼間なのに誰もいない。

鳥居が二つあって、そのまま一つ、二つくぐると、
その度一枚、2枚、と何かがはがされ、清められている感じがした。

子供の頃から変わらない、いつもの神様へのお祈りをする。

『自分の力が、みんなの役に立つ一番良い方向へ、
自分にも周りにも楽しく、幸せなものを作り上げる事ができる一番良い方向へ、導いてください。』

そして奥の御神体を見た。


・・・そのとき、


そのまるい、「鏡」の御神体を見たとき、ふと・・・

なんで鏡なんだろう?


あ・・・そうか、

「自分」だからか


なんで自分に祈ってるんだ?


そうか・・・

祈りって、


“自分への誓い”なんだ

そう 思った。

鏡はじぶんを映す。

自分にだけは絶対に嘘をつけない。
つく意味がない。

昔から人はきっと、自分に誓い続けてきたのだ。

自分の中の最も尊い自分に。

自分の見ている世界が自分の宇宙。
その中で、自分は現実を作り出していく創造主のようなもの。

自分が自分に許可したことは、現実になる。

責任もすべて自分が負う。
自分の想いや行動は世界に影響を与える。

自分のなかに神様がいて

神様のなかに自分がいる。

禅問答のようだけど、本当にそうなのだ。

自己顕示欲やプライドは、
本来の自分の、真の望みじゃない。

本当の目的に向かいたがっている、
顔を隠した、魂の道しるべなんだと思う。

自分があるがままにあることを楽しんで、解放的でいるなら、
誰かも、自分らしくあろうと思うかもしれない。

自分が真実の状態にいることで、清々しく元気なら
触れ合う人も自分の元気を思い出す。

明るい波動で誰かを振動させれば、エネルギーが動く。

結局、癒しっていうのは、表現であり、
体現するときに起こるもの。

上から目線で『与える』ものじゃなくて、

いつもの自分の日常から『伝える』…伝わるもの。

何にせよ、一日に自分のエネルギーを使っているということは、
必ず誰かにエネルギーを伝えている。
私たちはそれほど敏感な存在なのだ。

誰かは誰かに伝え、

誰かは誰かから受け取る。


「表現はすべて形を変えた祈りだ」とある人が言った。
わたしもそう思う。

本来の祈りには、境界線はない。

自分にしか見つけられない、伝えられないエネルギー。

ちゃんと見つめて、生かしてあげたい。

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