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2009年2月

2009年2月26日 (木)

時空を超えたシンパシー

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↑富士山のてっぺんデス。

パソコン開く間がなく、やっと更新☆

メールや手紙、プレゼントやバレンタインチョコ、暖かいコメント等

下さった皆々さま、本当に、本当に、ありがとうございました♪

・・・ミンナダイスキ(;-;)/☆

さてさて、あれから私はどうしていたかというと、

直感で天川に行ったあとは、もともと旅行計画のあった下関に行き、

偶然にも建国記念日の数日前、吉田松陰の弟子、

高杉晋作が挙兵した、萩の功山寺に行ってきました。

極寒から、南国へ・・・;

去年、時が満ちたことを感じてフリーになり、

今年、大きく動こうと意志を固めていた私は、

ずっと話し掛けてました。

そして、新しい遊びをスタートする前に、

神様に、ある、お願いをしていました。

「自分の『力』を、確認させてください。

自分に、『現実の中の力』を、感じさせてください。」

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下関からたまたま萩に行き、たまたま通りかかった功山寺。

なにげな~く見ていたお寺。

なにげな~く見上げた、高杉晋作の像。

その時、そこに偶然居合わせたガイドの男性が

観光客に説明している言葉が、耳に入ってきました。

それは、「男子たるもの、どう生き、どう死ねば良いか」と

問いかけた晋作に対し、松陰が残した言葉。

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。

生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」

(死んでも志が残るものであれば、いつでも死ねばよい。

生きて大事を為せるならば、いつまでも生きてそれをやればよい)

国の未来のために禁を破り、投獄された松陰。

後に松陰が処刑されることによって、晋作は怒り悲しみ、討幕を誓う。

う~ん・・・。

昔は藩を出ただけで投獄されたり、

考えを話しただけで罪になったりした時代だった。

今はどんな表現をしても、何を伝えても、

監獄に入れられることもなければ打ち首になることもない。

昔の人から見たら、ものすごく自由で幸せな時代だよね。

時代の違い、常識の違いはあっても、

何か新しいものを生み出そうとするエネルギーは

いつの時代もあるんだ・・・等と思いつつ門を出ようとしたとき、

門の手すり、木の杭の部分の傷が目に入りました。

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なんだろうこれ?と思っていると 

「これは長州の志士たちが気勢をあげ、

出発時に気合とともに切りつけた、刀傷の跡です。」

とガイドさんの声。

ふうん・・・、と通り過ぎようとして、

深く切りつけられた、幾筋もついた刀傷を近くで見た瞬間、

いきなり、強い衝動が飛び込んできました。

うっ・・・!って体が震えるくらい、ものすごい気合い一閃。

当時の気迫と覚悟・・・その臨場感。

「今、ここから日本を変えるんだ!」と奮起して、

この門をくぐり、倒幕に向かった志士たち。

全身全霊のほとばしるエネルギーのまま、

あるものは気合とともに切りつけ、

あるものは雄たけびをあげて、一気に振り下ろした力が、

この木手摺の刀傷から、一気に伝わってきました。

そうだ。

あの時、歴史を変えると誓った者たちは、

まさに今いる、ここ、功山寺で挙兵し、

今くぐっているこの門から、飛び出して行って、

本当に、日本を変えたんだ・・・。

一緒に来たメンバーは、もう先のほうに行ってたので、

私はのろのろ歩きながら、呆然として・・なぜか、急に込みあげて

ポロポロ涙が出てきました。一人で良かった・・・。

歩きつつも、木の杭に刻みつけられた刀傷が

頭を離れませんでした。

死ぬ覚悟をして時代を変えた志士たちに比べれば

どれだけ私たちは、平和な時代に生まれ、楽であることか・・・

昔と今。

ある意味、今は、再び変化の「時」。

幕末と同じ、大きな価値観の変動が起こる「時」だと思います。

繰り返し、

らせんを描いて上昇する時の輪が接する位置に、きている気がする。

うねるように、進化し続ける世界のエネルギー。

大きな時代の流れ、宇宙の流れ、

渦巻いてあがってゆくエネルギーの流れ、

「力」を感じました。

「力」っていうのは、それぞれが持っている「真実」。

それぞれが、本当に実感する真実を、

それぞれの立場で伝えていけばいい。

いまはもう、それだけで、いいのだ。

いまは一人ひとりの真実がすべて必要。

それは戦うことじゃなくて、みんな楽しくあるためのこと。

勇気をもって、とことん楽しむこと。

真実は、『楽しみ』のなかにある。

「自由」を作ってくれた彼らの次に、私たちがすることは、

「進化」なんだと思う。

またまた旅先で、思いもよらぬところに連れていかれた2月でした。

「力」を感じさせてください・・・って、

おお~。時を越えた、こういう形で来るとは・・・☆

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2009年2月13日 (金)

怒涛のシンクロ☆天川旅行☆

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2月1日~2月3日の間、天川に行ってまいりました。

新年、出雲とともに頭に浮かんだのが天川。

誕生日の前の日、急に直感で 

(あ、あした天川に行こう)と思ったのでした。

しかし今回、あまりのシンクロニシティの多さに驚愕。

前日、私はミネハハさんという方と会っていました。

ミネハハさんは、母が実家のブライダルのセントパトリック教会15周年

チャリティーコンサートでお呼びした関係で、仲良くさせて頂いてる方です。

ご飯食べてる時に

「明日天川に行こうと思ってるんですよ」というと

「天川!?あそこは大変よ~!!この時期は大雪だから。

バスもないしタクシーで移動したら何万もかかるわよ。」と教えてくれました。

とにかく、大変だからよく調べていった方がいいと。

でも帰ったら眠くてそのまま寝てしまい、

当日の朝、準備&宿さがし。

この時期、どこもかしこも3月くらいまで宿はお休みしているとこが多く、

やっと一軒見つけることができた時、

「今すぐでないと最終のバスに間に合わないよ!」

といわれ、あわてて飛びだしました。

直感なので名前以外分からず、場所の下調べもせず出かけたら

結局8時間以上かかって(**)着いたら夜・・・★

現地に着くと雪はなく、端に少し残っているだけでした。

しかし、これはこの時期、ありえないことらしい。

あとで地元の人に聞くと

「この時期にこんなに雪がないなんて、ほんとびっくりするね!

こんな、土が見えてるなんて・・・

だって数日前は何十センチも降ってたんだよ」

としきりに不思議がる、2月には稀な、暖かい日だったようです。

まず、最初の夜、バスに乗って宿に向かう中、

車内には私と、もう一人しか乗客がいませんでした。

その女の人とは電車から一緒だったのを覚えていたので、

「どちらからお越しですか~?」と、話しかけて友達になりました。

その人は大峰山の近くのある山で、毎年節分のお手伝いをしに

福井県からやってきている方でした。

私は天河神社については何にも知らずに来たので、

芸能の神様だということを、この時初めて知りました。

色々おしゃべりしてると、

「毎年、このあたりに○○(一応伏せ字)さんがいらっしゃるんですよね。

よくお話もしますよ~」という。

実は行く前にミネハハさんからも○○さんの話を聞いたばかり。

ミネハハさんも以前、天の川という曲を天川神社に奉納しているんですが、

○○さんのある漫画の歌も歌うことになっていたという繋がりがあったようです。

そして着いた宿は、大峰山に修行に来る方々が大勢で泊まる所。

なんでも室町時代から続く、伝統的な「修験者の宿」だったようです。

大部屋で雑魚寝形式だったためか大部屋が多く、

たまたま一つだけ個室が空いていて、そこに泊まらせてもらいました。

東京と違って身を切られるような寒さ・・・。

でもお部屋にはコタツが…♪わーい☆

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そして次の日、2月2日午後に何やら神事がある、というので

じゃあそれを見てから帰ろうかと思ってると、

下調べもせずに行ったので、

バスは1日3本のみだったらしく、帰れなくなり。

もう一泊することになったのですが、そのおかげで、

2日夜から始まる「鬼の宿(鬼迎えの神事)」

に参加することになりました。

そして急遽宿を探して決めたのが、去年できたばかりの

「一休(ひとやすみ)」というレストハウス。

ここでもすごいシンクロニシティが…。

「なぜ『一休』かっていうと、一休さんを作った人と親しいからなんですよ~。

いしぐろさん、とおっしゃるんだけど・・・」と女将。

「えっ…!?一休さんて、アニメの一休さんのことですか?

っていうと・・・石黒・育さんですか!?」

「えっ!?そうよ!石黒育さん!そうそう!」

・・・なんと、

私が以前、ケン役で出演していた、

『出ましたっ!パワパフガールズZ』の総監督でした。

こんな遠く離れた天川で、おソバを食べに何度もお邪魔している

石黒さんの名前が出てくるとは…!

Tenkawa

そして神事は深夜から始まるということを知り、

それまでの間、暖を取ろうとあるカフェに入りました。

しばらくそこの女将とお話してました。

私の話はいつもすぐに神様や宇宙の話になってしまうのだけど、

彼女はそんな話に抵抗のない人で、とても興味をもって聞いてくれました。

ポンとコズミックダイアリーのことが浮かんで

先日講師養成講座をとっていたこともあり

マヤの暦の話を出すと、

「ああ、コズミックダイアリーの柳瀬さんなら

時々いらっしゃいますよ。ダイアリーのお話も伺いました」

!!

洞川~天川も広いのに

たまたま決めた宿が、親しい石黒監督とつながりのある女将の宿で・・・

たまたまその時入ったカフェに、

先日まで一緒にいたダイアリーの柳瀬さんも来ていて・・・

東京から8時間以上も離れたこんな遠い場所で、

なんで知り合いの名前ばかり出てくるのか。

何だか目に見えない網というか、流れのようなものを感じました。

こんな風に立て続けに起こる偶然の一致は

「そうそう、そっちの方向でいいんだよ」

という見えない世界からの確認メッセージ。

きっと、エネルギーには層のようなものがある。

目的が近いと、ある程度同じエネルギーを踏まされるのかも。

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そして早めの15時過ぎくらいに行った天河神社。

暖を取るカフェもなにもない山奥なので、

最初は誰もいない本堂にいたのですが、

暖房はないので何時間もいるとすっかり冷え切ってしまい、

吹きっさらしでも焚き火のある下に降りて、燃える薪に当たっていました。

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ものすごい寒さ!体の全面をあぶっていても背中はすぐにキンキンに冷える。

だから焚き火の前でくるくるくるくる、ずっと回っていました(@@)

焚火の薪をくべる若い神主さんは、

「今日は暖かいですね~。」

…普段はどんなんだ!!

そして夜、6時半くらいからやっと人が集まってきて

「鬼の宿(鬼迎えの神事)」の神事が始まりました。

法螺貝、石笛から始まり、声明、祝詞、と儀式は進行していきました。

天河は神社なのに、神仏習合。

密教系の真言も多く、不思議な感じでした。

まず、弁財天、不動明王、役行者と、3つの真言がとくに大切にされてるみたい。

でもわかる気がする。

華やかに、クッキリ、ハッキリと形にして「表現」する力の弁財天と

厳しい、激しい、力強い、パワーのお不動さんと

集中力と、芯の強さと、異世界とつながった役行者と

ほんとにこの3つの力が混然一体となってる感じ。

神社の本堂での儀式が終わったら、今度は近くの宮司さんの社家へ。

ボォウオ~~ボォウオォ~・・・

法螺貝の音、石笛の音、真っ暗な中、修験者の方々と共に移動。

提灯の明かりで列を作って歩くさまは神秘的というか独特で、

百鬼夜行の異世界を彷彿とさせました。

家中の電気が消され、ろうそくの明かりだけで儀式は進行。

祝詞や真言も大詰めになったとき、

お布団が部屋の中に敷かれました。

前鬼の子孫といわれる宮司さんと鬼(神)が一緒にお休みするためのお布団です。

確かに空気が濃くなって、何かがいらっしゃった感は、ありました。

縁側のところには水の張った桶が置かれているのですが、

これは家にやってきた鬼が手や足を洗って上がってくるためのもの。

桶の底に敷いた半紙の上に『砂』や『土』が落ちていれば、

鬼(神)が来てくれたということになるが、

もし朝になっても砂が落ちてなかったら

日頃の行いが悪かったということで神様がいらっしゃらなかった

ということで、次の日の節分祭はとり行われなくなるとのこと。

この桶、最初縁側の外に置いておくんだと思っていたのですが、

部屋の中に置いておくそうです。

外なら風が吹いて砂が落ちることもあると思うけど

部屋の中では・・・。

そう簡単には砂や土なんて落ちないよね。

儀式の後は、おにぎりやお茶が振舞われる

直会(なおらい)があり、皆でお話ししたりして和やかムード。

終盤近くになると、宮司さんは再び法螺貝を吹かせ、

音と共に内側からふすまを閉めて、二つ並べたお布団で

鬼(神様)とともにお休みに…。

夜中近くになって終わった鬼の宿。

皆さん近くの民宿などに泊まっているので歩きだが

私は遠く離れた洞川・・・。

奇跡的にこのあたりに2台しかないタクシーを、

女将の顔で呼んでもらえて、帰ることができました。

その道中聞いた話によると・・・

昔は『鬼の宿』という場所が別にあって、一晩中祭事をやっていたとか。

そして夜通し神事を続け、

皆でいつ、桶の中に砂が落ちるか、見守っていたそうな。

あと、このあたりには8月3日に「鬼おどり」というお祭りがあって

村中で祝うらしい。

なんでも当時の天皇に、役行者(えんのぎょうじゃ)が呪いをかけている、

と濡れ衣を着せられ、島流しにあったそうだ。

それがおわって、役行者が村に帰ってきたとき、

鬼たちが小躍りして喜んだことから、

『鬼おどり』のお祭りが始まったという。

小躍りして喜ぶって・・・

鬼たちにとって行者は、身内、というか家族みたいなものだったんだなあ。

全国の節分は

「鬼は~外~!福は~内~!」

なのに、天川地方だけは

「福は~内~!鬼は~内~!」

なのも、

「全国で鬼が追い出されたら行くところがないだろう。

この村だけは鬼を迎え入れよう」という役行者の精神から。

なんだか再び、昔演じた陰陽大戦記の『ウツホ』を思い出した。

人間も、妖怪も、式神も、鬼も、すべては「大極の世」に生きる仲間。

陰陽入り混ぜ、人も神も同じく、共に存在するのがこの世界。

ウツホも最初、里で暮らしているときは

人も妖怪も鬼も関係なく、皆が心を開いてうち解けて、

仲良くなれるお手伝いができれば・・・って思ってたんだろうなあ。

うん。どんなに住む世界が違っても、本当は心には壁なんてないもんね。

空に国境がないように。

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そして次の日…

最後に天河神社に寄って、昨日お話した若い神主さんに

「あの~、お砂は落ちてたんですか?」と聞くと

「はい…、皆で明け方確認しましたら落ちてました(^-^)」と。

不思議だなあ。

そして帰り…新しい企画の打ち合わせ前に

必要な本を買おうと、京都駅の本屋に寄りました。

そこで見つけたある漫画。

最初のシンクロで名前を聞いた漫画家さんのもの。

(プライベートに触れてるかもしれないので、あえて名前は伏せておきます。)

そういえば数日前に、テレビを見ない私がたまたまテレビをつけると

その漫画家さんが出ていて、

「もう結末は出来てるんです」なんて言ってたのを思い出したり、

その方もよく天川に来るのなら、もしかして柳瀬さんと知りあいだったりして…と思ったり、

行く前はミネハハさんから…、道中はバスの女性…と、

あまりにもずっと「○○さん」の名前を聞いていたので、

これは買えということだな・・・と買って、新幹線の中で読んでいました。

そこで心に残ったセリフが、

「人の言葉がなんの役にたとう。

風の心、  大地の思い、 水の魂に己が心をあわせればよい

そうすれば その喜びも 悲しみも  怒りも 伝わってまいりまする」

「山や川や 森や空は 誰が造った? 鳥や虫や魚は  誰が造ったのじゃ

空に輝く あの太陽は誰が 造ったのじゃ

我らとて 同じこと・・・同じものから うまれしものぞ

人間というものは つまらぬものじゃ

本当に大事なものがなにも みえておらぬ

髪の毛一本・・・爪一枚・・・

己で造ったものは なにひとつ なかろうに

われらのこの身は いったい誰が造りたもうたのか

我らは この身に 『宿るもの』」

「風・火・水・土

自然を動かす 生命のエネルギー

きっと あたりまえのように

わかっていたことなんだ!」

この人・・・、わかってる。

この人は本当に感じ取ってる、と思いました。

「この大都会にいる誰もが、○○○なんて 信じない。

信じられない。○○○の心と言葉も、

この現実の世界の前では なんのリアリティももたない・・・

おれに ○○○を信じさせてくれ・・!」

○○○は、いってみれば『神』のようなものだと思う。

なにか大きなものがいつも私たちを見守り、

育んでくれているという事実。

それを概念では理解しても、本当には実感できない現代。

まさにそんな現代人の状況を代弁しているセリフだと思った。

私が今までやってきたことも、これからのプロジェクトも、

押し付けない、自由な 『表現』 という形で伝えていくこと。

見えない世界や、神は 

「知識」では理解できない。

「悟り」の本をいくら読んだって「悟り」の状態にはなれない。

『感じ』 ないと、人は本当には、分からない。

だから、こちらが先に 『感じ』 ていなければ伝わらない。

言葉は感覚を越えることはできない。

だから演技も、コミュニケーションも、

本当に『感じ』ながら伝えなければ・・・。

個々が「実感」しなければ、到達しない。

真実は、個々が自由意思で 見つけ出すもの。

外側ではなく、内側の世界。

だから『真実』なのだ。

自分を偽ることはできない。

自分と神さまの、とても個人的な関係。

真実っていうのは、本当に美しい。

だから誰でも真実に触れると、涙を流すのだと思う。

表現には『こうでなければばらない』という形はない。

自分が、そう『感じて』いるのだからしかたがない。

その人の 感覚 に共鳴して、それを感じるとき、

形のないものを感じ取ろうとするとき、

それはテレパシーのコミュニケーションを行っていると思う。

そしてテレパシーの世界には、嘘はない。

ありのまま。

そのまんまだから、

隠すことも飾ることもできない。

時代はだんだんテレパシックになってきていると思う。

目の前にいる相手が、本当のことを話しているのかどうか、

分かる人が増えてきた。

だからこそ、本当に感じ、本物になるしかない。

偽りや嘘は、これからはどんどん消えていく。

真実しか残らない。

このことを話したとき、誰かが、怖いね…といった。

でも、それでいいじゃん、と思う。

真実以外、いらない。

これから来る世界は、私にとってはものすごく楽な世界。

変だったことが変ではなくなり、

外側ではなく、内側が表舞台に出てくる。

表面ではなく、本質の世界に戻っていく。

力(パワー)の意味合いも変わっていく。

すべての価値観がひっくり返っていく…と思う。

なんとなく、去年あたりから、肌でそう感じる。

内面がそのまま伝わるテレパシーの世界。

テレパシーの世界には誤解もなく、

すべてがあるべきところへ行き、あるべき真実の姿を得る。

真実っていうのは揺るがない。

すごく安心する。

真実は、宇宙の法則。

神様の住む世界。

だから、自分の真実に生きるってことは

「神様の考え方と同じになる」ってことなんだ。

だからサポートしてくれる。

だから奇跡が起こる。

これ以上ない強力なバックアップだよね。

だから、自分の与えられたセクションで

精一杯の真実を、自分の窓から届けたい。

たまたま買ったその漫画に、

まさに今私が伝えようと思っている真実を、別の形で見た気がしました。

人より多くの目に触れる『作品』という表現媒体をもつ○○さんに

「・・・くっ!やるな!?」(笑)と

良い意味で触発された帰り道でした。

楽しませながら「真実」を表現するって、素晴らしい♪

この後、天河で石笛吹いていた方が偶然私の友人の知人だったり、
コズミックダイアリーのメールに偶然○○さんの漫画の同じシーンが引用されてたり、
シンクロは続いていく・・・(^^;)

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