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2012年4月

2012年4月 6日 (金)

咲いた!

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桜、咲きましたね♪

ツイッターでは流れてしまうので、ブログにも。

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まだ満開ではないけれど、
これから外に咲こうとする力がみなぎっている
今の時期の蕾が好きです。

学校では入学式や始業式も終わった頃でしょうか。

私の中で受験と言うと、思い出すのが美大の入学式。

たしか7戦6敗、1勝。

最後の最後で、やっと美短大に合格しました。
美大受験は普通、高校1年から…
早い人は中学生からデッサン勉強始めるのに

私が美術研究所に通い始めたのは、
無謀にも、高校3年の8月頃から。

最初の試験はデッサン始めて3カ月だったから、
ちょうど半年過ぎたころ上達してきて受かったのでした。

美大受験舐め過ぎ・・・。

まあ、落ちても東京にいって表現の仕事をすると決めていたので
どっちでも良かったんですが。

絵と、声。

全然ジャンルが違うように見えるけど
見えないものを捕まえてカタチにする、という意味で
共通している面もあります。

何気に、役作りにも役だっていたり。

つかみずらい役の時は感情を色にしたり
表情を絵に描いたりもします。

もともと微妙なニュアンスを伝えようとしても、
言葉だけでは誤差が生まれるし
感覚そのまんまではない。

でも、絵や、音や、作品は、見たまま。感じたままです。

コトバでのコミュニケーションが苦手だった私は
この、感覚そのままのニュアンスを表現できる世界に行きたかった。

感じる世界は自由だもんね。

良いものは良いと感じるだけだし
感覚の世界に嘘はない。強制もない。

太陽や草花、動植物、自然の世界もありのまま。

私が動物や子供が好きなのも、
嘘のない世界にあるからなのかもしれない。

偏見や誤解や、思い込み。

大人になっていくにうちに身につくそんな余計なものを超えて
この、桜を見て、ああ綺麗だな~って誰もが思うような、
そのまま、ありのままの感覚の世界で、繋がって、
みんなが元気になるような表現をしていきたいなと思います。

しかし今、久しぶりにゲームにハマっている。
しかも苦手だと思っていたシューティング系…。

こういう「作品」作りも、
遊び心や感覚といった、見るまま感じるままの
一つの世界観の表現だよね。

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2012年4月 3日 (火)

宇宙的つながり。

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昨日、公園でお散歩してたら、桜が咲き始めてました。

蕾がぷくぷくして弾けそう。 

寒くても自然は、枝の中で春を感じ取ってますね。

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さてさて、NPOレイキパーティー2012&国際ギャザリング
にご来場頂いた皆様、ありがとうございました。

しかしキチンとした場の司会って、
自分の個性を抑えないといけません。

でも、先生方のお話が面白すぎて
インタビューコーナーは少々暴走したかも☆

禅の山田ご住職の時、一般的な質問しようと思って

「禅の公案について伺いたいんですが…」と切り出すと

「おっと、そこから来ますか!(笑)」

えっ?禅の「公案」って誰もが知りたい所じゃないの?
この質問は濃いの?

…もはや一般的な濃度が分からない(**)

まあ、でも禅も瞑想も「体験」しないと分かりませんからね。
いくら頭で知識を増やしても、意味はない。

禅は、師から「公案」というお題を頂いて、
それについて考え、黙想します。
そして、師との禅問答に臨む。
その応答いかんによって、修行の進み具合いを観られるそうです。
大体は帰されて修行をし直す…の繰り返し。

それがどんなにばかばかしいお題でも
(富士山をヒモでくくって持ってこい、というのもあるらしい)
きっと「答え」が重要ではなく
それを入口にどこまで真実を悟ったか、なのかも。

そして合気道唯心会の丸山先生がお話しされた内容は
あまりにも自分の考えと同じで、驚愕しました。

「とにかく絶対!マイナスの言葉をいっちゃいけない。

なにがあろうと、プラスの言葉を使うこと。

これはもう、自分との闘いです。

毎日向上していく。

ああ生きてて幸せだなあ、でいい。

自分が幸せだと周りも幸せになる。

「一隅を照らす」っていうけど、

自分が明るくろうそくみたいに灯せば
周りもそれにつられて灯し始めるんです。


「気」ってのは移るからね。


自分が幸せでいれば
その近所にいる人は幸せなんです。


西洋のキリスト教では、
まず神がいて、間に仲介する精霊がいて、人間がいる。

でも日本の場合は直接、神とつながるんですね。
自分の中に神がいるんです。」

以前、神社でお参りした時、ふと御神体をみて、

(なんで鏡なんだろう?)と思い、

鏡には自分が映る・・・なんで私は鏡に手を合わせているんだろう?
あ、そうか!自分に確認してるんだ。自分が神様なんだ!
と思ったことがありました。(ブログ参照) 「祈り」

そして、私の座右の銘の、「周りが不機嫌でも自分はご機嫌」
「意地でも能天気」 「I am ok!You are ok!」と同じ。

自分が元気だと周りも元気になるんだよっていう、
これも前ブログに書いた(参照)「元気の導線」

ものすごく一致して、個人的な答え合わせに☆

禅の山田ご住職は
「今カトリックの方々に禅を教えていますが、
禅というのは、あっちに神がいてこっちに自分がいてっ
ていうんじゃなく、「一体化」している感覚なんです。

もう、今は何宗とか何教っていうのは超えて共に世界平和を祈る…
というか、禅では祈るって言わないんですね。
こちらが一心に念ずれば届く。

そんな風に今はなってきていると思います。」

そして霊気の土居先生は
「霊気は大自然や宇宙に満ちあふれている“気”や
癒しのエネルギーのこと。

いかにヒーリングを学ぼうと、
そのヒーラー自身がイライラしているなら、
霊気の恩恵を受けているとはいえない。
宇宙、即、我の心で、安らいで幸せな思いを持ち続けること」

と、しめました。

先生方とは年齢も立場も全く違うけど、
なんだかとても親近感。

日本の古くは、もともと山岳信仰です。

自然の恵みに感謝して、そのエネルギーと響き合い、
すべての生命と波長を合わせて生きてきた。

だから日本には「気」を表す言葉が多いし、
虫の知らせも本当に感じ取っていた。

修験道も同じです。(参照)「山と自然と修験道」
今手がけている「ルーミー」も、同じ事を言ってる。

ホント、今スピリチュアルという言葉が蔓延して
なんだか怪しいニュアンスを伴っている面もありますが・・・。

カトリックも、禅も、霊気も、合気道も、
その他色んな世界中の教えや宗教や科学の分野まで
今、その壁を取り払ってきています。

ダライ・ラマも、以前、両国講演に来た時、

宗教的なものを科学で説明したり、同一の見解を探るのが

楽しくて精力的に動いている、と言っていたし、

心理学もユング派とフロイト派がお互いの良い所を

融合する動きがあるとか。

それぞれの分野がお互いを認め合い、

足りないところを補うために結びつき始めてる。

宗教ってなんだろう?

スピリチュアルって何?

そんな区分けなんかも、もう どうでもいいと思うのです。

従うのは、自分の直感だけ。

でも考えを強制しちゃいけない。

一人ひとりが偏見を捨て、

思い込みの壁を壊し、

自由に楽しく生活できるようになるのが

一番いいんじゃないかと。

自分が自由なら、

人の自由も認められるはず。

まずは自分から恐怖や「偏見」を捨て去り

自由を体現して飛び出していきたいなと思います。

昔から、目の前にいきなり宇宙人が現れても

驚かずに友達になれるくらい偏見ない自信があるけど、

人の考え方だって、

それこそ本当は一人ひとり「宇宙人」

と思った方がいいくらい、違うんだよね。

戦うのではなく、お互いの良さを発見して、結びつく。

改めて、答え合わせになるイベントに参加できてよかった。

皆さま、ありがとうございました♪

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3月の鞍馬山。

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