« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月30日 (金)

長唄と演技の神さま☆

以前、司会をさせて頂いたイベントで知り合った
長唄の岡安喜代八様にご招待頂き
喜寿の演奏会に行ってきました。

ちゃんと舞台で長唄を聴いたのははじめてでしたが、
思いのほか面白かった。


例えば鼓を打つ指の使い方。
...

弱い音は軽く薬指だけで弾き、
力強い時は人指し指と中指中心で叩く。

手指のしなり、5本の指すべての感覚を使って
複雑な音のグラデーションを出しているんだなあとか。

「勧進帳」はとくに素晴らしかったです。

岡安さんに弁慶が乗り移っていた。
富樫と弁慶の対峙する、丁々発止の緊迫感がすさまじく、
火花が散って、時を超えた空気に会場が包まれていました。

義経一行かと疑う富樫に
アドリブで、存在しない「勧進帳」を諳じた弁慶に、

さらに修験の道について問いただすシーン。

私も毎年行に入るので、
唄の中で、山伏や修験道について語られる説明が耳に馴染み、
とても興味深かったです。(笑)
息もつかせぬ押し問答で高らかに言い切って騙しきり、

疑われる主君の義経を金剛杖で打ち、
涙をながす弁慶に、私も涙。

岡安さんの、乗り移ったような演技に鳥肌が立ちました。


岡野弘幹さんとのコラボも
長唄の世界に新しい風を吹き込んでいました。

ウドゥーという坪の形をした民族楽器は大地の響きのような
水音のような不思議な音色。
軽く叩くと湖で魚がピチャンと跳ねるような、
強く叩くとドボンと海に沈むような感覚が。

唄と三味線の間に入るウィンドチャイムが
自然の風を感じさせたり、

柔らかい笛の音や民族楽器が、
リアルな自然音の表現になっていて、
長唄がより立体的になり
新しい調和を産み出していました。


打ち上げで、長唄と芝居の共通点
についてお話が盛り上がり、とても面白かった。

「素直になれば後ろから背中を押してくれる。
神様が話しかけてくる」
芸の道について語る岡安さんの意見にとても共感しました。

感じていることがすごく近かった。


私は「声」のお仕事だからジャンルは違うけど
自分の今までの役者経験の中で思ったこと。。。

例えば、自分が「こうしてやろう」とすると、
演技の神様は降りてこない。

演じている時、
自分がゼロになり
透明になりきったとき、
役が自由に体を使ってくれる。

波がやってきた時、捕まえる。
というか、その波に身を任す。

その為には、本当に普段から自分の中で
いろんなものを手放す習慣をつけていないといけないなと思う。

演じている瞬間
「自分」が無になり
「役」が自由に、伸び伸びと生きられるように。


良いものを創りたい、という想いは、どちらかというとストイック。

「職人」と呼ばれる人達は、
自分が出ない代わりに
良い「作品」を創る。

私も声の「職人」として、
スッと自分を明け渡せるよう

いつも素直に、透明に、
ニュートラルでありたいなと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2012年10月 | トップページ | 2012年12月 »