心と体

2015年3月 5日 (木)

異常聴覚☆

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以前ツイッターで呟いたけれど
私は異常聴覚らしい。

人間ドックの聴覚検査の際、聞こえているはずがない小さな音でボタンを押すので、医師が「想像の中で音を聴いているのではないか?」と怪しみ何度もテスト。
やはり聴こえている、とのこと。
8000人~10000人に一人くらいの確率とか。

カフェで友人と話す時は相手に集中してるからいいけど、一人で読書の時などは店の対角線の一番遠い席の会話が入ってきたり、真横の声が突き刺さったりするので、ふだん耳栓を持ち歩いている。

前は柔らかいものを使っていたけどこの間購入した【NASAが選んだ科学の耳栓】なる黄色いヤツはかなり音を遮断してくれてスゴい!

ちょっと固いけど、耳の奥まで入ってふわ~っと拡がってキッチリ栓してくれるので、静かに集中したい人にはオススメ☆



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2014年4月16日 (水)

眉毛のひみつ

落ち込んでいた人と話していて、
落ち込まない良い方法を発見。

気持ちが落ちかけたら、
眉毛をグイッと上に上げる。

大抵、悩み事を話している時や不安な時、
嫌な事を考えたりイライラしている時、
人は眉に皺が寄って不景気な顔になる。
いつも眉を意識して、憂鬱になりかけたらぐいっと上げる。

体と心は連動してる。 不思議なことに、眉毛を上げたままネガティブな話って出来ない。

鏡を持ち歩いて、嫌な気持ちになった時、顔を見ても良い。
眉毛をバロメーターにすれば分かりやすい。
眉を上げるだけなら物理的な筋肉運動だから誰にでも出来る。

眉毛を上げて眼はパッチリ。
口角も上げれば、体から気持ちをコントロールできる。

心は見えなくても眉毛は見える。
眉毛を上げると気持ちも上がる。



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2012年4月 6日 (金)

咲いた!

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桜、咲きましたね♪

ツイッターでは流れてしまうので、ブログにも。

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まだ満開ではないけれど、
これから外に咲こうとする力がみなぎっている
今の時期の蕾が好きです。

学校では入学式や始業式も終わった頃でしょうか。

私の中で受験と言うと、思い出すのが美大の入学式。

たしか7戦6敗、1勝。

最後の最後で、やっと美短大に合格しました。
美大受験は普通、高校1年から…
早い人は中学生からデッサン勉強始めるのに

私が美術研究所に通い始めたのは、
無謀にも、高校3年の8月頃から。

最初の試験はデッサン始めて3カ月だったから、
ちょうど半年過ぎたころ上達してきて受かったのでした。

美大受験舐め過ぎ・・・。

まあ、落ちても東京にいって表現の仕事をすると決めていたので
どっちでも良かったんですが。

絵と、声。

全然ジャンルが違うように見えるけど
見えないものを捕まえてカタチにする、という意味で
共通している面もあります。

何気に、役作りにも役だっていたり。

つかみずらい役の時は感情を色にしたり
表情を絵に描いたりもします。

もともと微妙なニュアンスを伝えようとしても、
言葉だけでは誤差が生まれるし
感覚そのまんまではない。

でも、絵や、音や、作品は、見たまま。感じたままです。

コトバでのコミュニケーションが苦手だった私は
この、感覚そのままのニュアンスを表現できる世界に行きたかった。

感じる世界は自由だもんね。

良いものは良いと感じるだけだし
感覚の世界に嘘はない。強制もない。

太陽や草花、動植物、自然の世界もありのまま。

私が動物や子供が好きなのも、
嘘のない世界にあるからなのかもしれない。

偏見や誤解や、思い込み。

大人になっていくにうちに身につくそんな余計なものを超えて
この、桜を見て、ああ綺麗だな~って誰もが思うような、
そのまま、ありのままの感覚の世界で、繋がって、
みんなが元気になるような表現をしていきたいなと思います。

しかし今、久しぶりにゲームにハマっている。
しかも苦手だと思っていたシューティング系…。

こういう「作品」作りも、
遊び心や感覚といった、見るまま感じるままの
一つの世界観の表現だよね。

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2009年12月22日 (火)

久方ぶり☆

皆さん♪お元気ですか?

なんと、前回の更新から1カ月以上経ってしまいました(++)

相談メール頂いた方、心配して生存確認された方、

お返事できず、ほんとにごめんなさいm(__)m

すべてメールも読んでますし、エネルギーも送ってます(遠隔で笑)

天川からここ1カ月、公私含め、ちょっとありえない忙しさで

まったくブログ書く時間ありませんでした★

徐々に遡って更新していこうと思います。

色んな変化の中、

久しぶりに青二の仲間に会ったり、

実家のカフェのプロデュースをしたり、

咳喘息になったり、

臼井さんの思い出を語る会に行ったり、

ダライ・ラマに会ったり、

鬼太郎DVDの実写(笑)撮影に参加したり、

他にも色々、めまぐるしい日々を送ってました。

それにしても、

私は過去5年間、全く風邪も引かなかったのですが、

初めて今回、深く長引く咳の苦しみを味わいました。

息を吸い込むだけで激しくむせて、呼吸できないほど咳き込む。

でも、熱も寒気もないし、関節も頭も痛くない。

ただ、ひたすらに激しい咳だけが止まらない。

耳鼻科では、「そんなに喉は腫れていないが、

しゃべるところにあたる敏感なところが少し炎症しているので

大声禁止ね。咳喘息だから、長引かせると大変。」と言われましたが

やはり風邪ではない様子・・・。

何となくですが、こうなったのは分かる気がします。

今年頭から、興味もなかったのに、

ものすごい勢いで何十という神社をめぐり、

様々なめぐり合わせで新しい人と繋がり、

最終的に、天川に行った後、 行くつもりなかった伊勢神宮に行き、

神楽殿の祈祷のその場で、

東京にいるはずのありえない人と遭遇。

その後から急に、喉がイガイガし始めたのです。


ははあ・・・。これは体の「波動調整」が起こっているな?

と思いました。 出雲大社から始まり、伊勢神宮で終わった、この一年。 何だか、いま、最終調整で体に変化が出ているような。

喉だけがイガイガする。

首って・・・食べ物も、空気も、水も、血液も、

すべてが通る細い空間。

セッションで浄化が起こる時も、喉を通って咳が出る。

呼気と一緒に何かが入れ替わっている感じです。

今年、何か体に出た人も、

正しく地球の変化に反応しているんでしょう。

今、ほとんど咳は収まりましたが、

【咳喘息が教えてくれたこと】 があります。

カフェ関係で実家と行ったり来たりしている時、

母が誤解してケンカを仕掛けてきた事がありました。

良くある、たわいない口論です。

その時、「いや、そうじゃなくて・・・」と言いかけて、

ゲホゲホゲホッと激しくむせ込み、会話続行不可能になりました。

(こんなにゲホゲホ咳いていては、何もしゃべれない・・・

それに、こんな状態で分かってもらうよう説明するのは、無理だ。

・・・まあ、いっか・・・

たいしたことでもなし。 ・・・どうでもいいや。)

と、・・・咳き込み終わる頃には頭の中で自己完結すると、

母の怒りは収まり、心配そうに覗き込んでいました。

その時、(ああ、そうか・・・。)

と、思いました。

家族間や、親しい間柄では、

普段からどれだけ無駄にエネルギーを使って

お互い不毛な戦いを仕掛けているか。

そしてどれだけ無駄に、仕掛けられた小さな争いに反応し

何度も繰り返そうとしていたか。

とてもよくわかる。

大抵はどうでもいいことなのだ。

元気があるときは、無意識に反応して

それは違うあーだ、こーだと、

自分を防御したり、正当化したり、

大したことない物事にすねたり、怒ったりと表現できるが、

それができないときは・・・?

しゃべることも

伝える事も出来ない時は?

同じテンションで会話できないとき、

日常のコミュニケーションをあきらめたとき・・・

人は、起っている物事をただ静観するものなんだなあ、と思いました。

必要最低限の力しか使えないとき、いちいち相手の負の感情には反応しなくなる。 せっかくエネルギーを使うなら、生産的な事へ…負より正へ使うほうがいい。

「元気」だから口論もできるのだ。

そしてケンカの内容は、だいたい大したことじゃない、どうでもいいこと・・・。

一瞬のすれ違い、一瞬の誤解、一時の勝敗、

プライド、駆け引き、エネルギー闘争・・・

ちょっとのことで人間の感情にはすぐ火がつくけど、

そのほとんどは、取るに足らない。

大抵は、「避けようと思えば避けられる、無駄な戦い」なのだ。

だったら、いちいち反応せず、

静かに成り行きを見守っていればいいじゃないか。

「真実」が、 自分の胸の中にあるなら。

私たちは生きてるだけで、結局幸せなのだ。

すごい。

健康体の私は、咳喘息にでもならなければ、

こんなこと分からなかった。

咳喘息、ありがとう♪

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