文化・芸術

2013年5月 9日 (木)

境界線が消えるとき

昨日久しぶりに、お世話になっているボイトレの先生の所に行ってきました。

すぐ帰るはずだったのですが、
以前先生がFBに載せていた沖縄料理店で
偶然その後、ライブがあるというので、流れでお邪魔することになりました。

なんか、不思議と興味があったんだよね。以前写真で見たオジサマ二人のバンドが。

すると、実はお二人とも凄い方々でした。。。

お一方は、有名な沖縄民謡の先生で、

もう一方は、日本を代表する伝説のハードロックバンド紫のドラマー(CHIBI)こと宮永英一さん。

不勉強で知らなかったのですか、
素人目に見てもお二人の物凄さはビンビン伝わってきました。

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まるで風神雷神のよう。

三線とドラム、和太鼓が不思議と調和して
無国籍なパワーを生み出していました。

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ドラムを叩く神業的速さと力強さは鳥肌もの!

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普通、ドラムな細いスティックで叩くイメージだったのですが、こんな太い太鼓のバチを超速で操る!

体の熱が一気に引き上げられて
宙に浮かんでいくようでした。

ロック畑と民謡畑。

全然ジャンルが違うのに、同じ空間で完全に調和して
周りすべてを最高に魅き込んでいました。

やはり、一つのものを極めると
境界を超えて、すべての人間の胸を打つんだなあ。

どんな世界でもそうかもしれない。

お互いの良いところを認めあって、
分かち合って、調和して、
それぞれの窓から見える世界を共有する。

それはきっと

境界線があるかぎり見えなかった「暗闇」を
明るく照らして行くのだろう。

 

三線の先生が最後にトークで話した笑い話も
頭に残りました。

「62歳も超えると、好みなんてなくなっていくんだよ。
女の子はみんな可愛い(笑)

そう・・・ホント、好みがあるっていうのは、
実は不幸な事なんだよ?」

みんなOK。

なんでもアリ。

そんな大らかさは
自分を信じて進んでいくうち
自然に身に付いていくものなのかもしれない。

私の座右の銘の中の一つも
I am OK.  You are OK.

心の声に従って流れていくうち、

必要な流れと出逢い、

もっと大きな流れと合流していく。

カッコいい人生の先輩方に触発され、
不思議な偶然の一致も起こった
素敵な夜でした。

 

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宮永英一さんと。

 

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2012年12月28日 (金)

サクラ大戦花組レビュウ・モン・パリ

日高のり子さんにご招待頂いて、サクラ大戦花組レビュウ・モン・パリの舞台に行ってきました。

サクラの舞台は初めて見たけど、
お声がキラキラして凄く気持ち良かった。
のんこさんの芝居も声もナチュラルな可愛さがあって好き。

「あたし、入院患者みたいだよね~(笑)」と言いつつ、「載せていいよ~!」というお言葉に甘えて、カツラ無しエリカさんとパシャリ。

レア(笑)

どんな格好していてものんこさんは可愛らしいです。

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2012年11月30日 (金)

長唄と演技の神さま☆

以前、司会をさせて頂いたイベントで知り合った
長唄の岡安喜代八様にご招待頂き
喜寿の演奏会に行ってきました。

ちゃんと舞台で長唄を聴いたのははじめてでしたが、
思いのほか面白かった。


例えば鼓を打つ指の使い方。
...

弱い音は軽く薬指だけで弾き、
力強い時は人指し指と中指中心で叩く。

手指のしなり、5本の指すべての感覚を使って
複雑な音のグラデーションを出しているんだなあとか。

「勧進帳」はとくに素晴らしかったです。

岡安さんに弁慶が乗り移っていた。
富樫と弁慶の対峙する、丁々発止の緊迫感がすさまじく、
火花が散って、時を超えた空気に会場が包まれていました。

義経一行かと疑う富樫に
アドリブで、存在しない「勧進帳」を諳じた弁慶に、

さらに修験の道について問いただすシーン。

私も毎年行に入るので、
唄の中で、山伏や修験道について語られる説明が耳に馴染み、
とても興味深かったです。(笑)
息もつかせぬ押し問答で高らかに言い切って騙しきり、

疑われる主君の義経を金剛杖で打ち、
涙をながす弁慶に、私も涙。

岡安さんの、乗り移ったような演技に鳥肌が立ちました。


岡野弘幹さんとのコラボも
長唄の世界に新しい風を吹き込んでいました。

ウドゥーという坪の形をした民族楽器は大地の響きのような
水音のような不思議な音色。
軽く叩くと湖で魚がピチャンと跳ねるような、
強く叩くとドボンと海に沈むような感覚が。

唄と三味線の間に入るウィンドチャイムが
自然の風を感じさせたり、

柔らかい笛の音や民族楽器が、
リアルな自然音の表現になっていて、
長唄がより立体的になり
新しい調和を産み出していました。


打ち上げで、長唄と芝居の共通点
についてお話が盛り上がり、とても面白かった。

「素直になれば後ろから背中を押してくれる。
神様が話しかけてくる」
芸の道について語る岡安さんの意見にとても共感しました。

感じていることがすごく近かった。


私は「声」のお仕事だからジャンルは違うけど
自分の今までの役者経験の中で思ったこと。。。

例えば、自分が「こうしてやろう」とすると、
演技の神様は降りてこない。

演じている時、
自分がゼロになり
透明になりきったとき、
役が自由に体を使ってくれる。

波がやってきた時、捕まえる。
というか、その波に身を任す。

その為には、本当に普段から自分の中で
いろんなものを手放す習慣をつけていないといけないなと思う。

演じている瞬間
「自分」が無になり
「役」が自由に、伸び伸びと生きられるように。


良いものを創りたい、という想いは、どちらかというとストイック。

「職人」と呼ばれる人達は、
自分が出ない代わりに
良い「作品」を創る。

私も声の「職人」として、
スッと自分を明け渡せるよう

いつも素直に、透明に、
ニュートラルでありたいなと思います。

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